今回のエントリーは、考え途上のお話。結論はありません。
というか、結論が出るどころか、
まだまだこの先自分の中で、ああだこうだやっぱり違ったなどなどが
繰り返されるだろう話ではあるんですが。
今回はこちら、

十二支の話です。
この十二支、非常に原始的だったころの中国のとある社会での、
関係する部族とか部落の呼び方だったような気がしてるんですよね。
今でこそ、言葉による表現方法は細やかにいろいろありますが、
原始的な社会においては、言葉は少なく、しかも単純、直接的。
たとえば、魏志倭人伝などから見える当時の日本だと、
倭国って、我国、つまり、自分の国ってことで、
他国の人に対して「自分の国は…」と話してた「自分の国」が、
そのまま、他国から見た日本の名称になったような気がします。
敵対してた奴(な)国についても、
中国には「奴」という字を当てられてしまいましたが、
日本的には「あの国」ってな感じの、
距離的にとか関係的に遠い国に対する言い方だったような気がしてます。
十二支のそもそもの始まりも、
そうしたシンプルな社会にあるように思うのです。
かつての、原始的で小さい規模だったころの
中国のある国(といっても大した規模ではなく)が、
周辺の国または部族や方向に身近な動物の名前を当てて呼んでいた、
それが始まりだったような気がします。
もちろんこの時点では、登場する動物は12種類ではなく、
もっと多かったかもしれないし、もっと少なかったかもしれません。
たとえば、
「サルの国(部族)」と、国や部族を表す場合もあったでしょうし、
自分たちが羊を放牧してる草原の方向を
「羊の方向」とする場合もあったでしょうし、
具体的にどうだったかはわかりませんが、
そんな感じで身近な動物の名称を付けることで、
あの国、この国、あっち、こっち といった単純な表現方法よりも、
もう少したくさんのものを表現するようになったんだと思います。
その後、東西南北などの、抽象的な概念も出来上がってきて、
それが、従来の呼び方と融合して、
長い年月の中で体系だった形に再編されていって、
最終的に十二支という形で残ったと考えています。
周りの国(部族)には、サルだのブタだのイヌだの、
蔑称の場合もあるでしょうし、
もしかしたら部族によってはトーテムだった可能性もあるでしょうし、
ブタ小屋のある方向にある国だからとかもあるでしょうし、
とにかくまぁ、何らかの特徴なども加味して勝手に名付けて呼んでいたんでしょうが、
しばらくすると、じゃあ自分たちは何よ?となると思うわけです。
そこで、自分たちを指す動物を考える。
もちろん、他国には好き勝手付けてた動物名称も、
自分たち用となると、「強くてカッコいいのがいい、特別なものがいい」
となるわけです。
で、登場したのが「龍」。
だから、十二支の中に1つだけ、「龍」という空想上の動物がいるのだと思います。
自分たちを「龍」にする前は、他の動物を使ってたのかもしれません。
その動物もまだ干支に残ってるかもしれませんし、
もしかしたら、龍と入れ替えでなくなってしまったかもしれません。
十二支は
鼠 牛 虎 兎 龍 蛇 馬 羊 猿 鶏 犬 猪
に、
子 丑 寅 卯 辰 巳 午 未 申 酉 戌 亥
の字が当てられていて、
どれひとつ、今の動物に対応しているものはありません。
そこに、十二支の原型が生まれて完成するまでの
年月の長さが現れています。
動物名称が残っているのは、
かつて文字が広まる以前の原始において、
たとえば「あのイヌ野郎!」的な感じで動物名称が使われ、
そうした国や部族を直接的な意味で指すことが徐々に形骸化して、
方向などを表す言葉としても使われるようになった、
同時に意味も弱くなった、
そうした中で文字が登場して来た結果、
動物と結びつきながらも、違う文字が当てられるようになった
と考えます。
もちろんその間、さまざまな他の文化も取り込んでいったと思われます。
たとえば、周(BC1000ごろ-BC256)の時代、中国の北西の
今の陝西(西安がある省)・山西・河北省(北京がある省)あたりにいた
犬戎(けんじゅう)という異民族。
犬戎の「戎」は ノを少し横にずらすと「戌」になり、
また、犬戎の「犬」もイヌそのもので、
この名称のつけ方は、古い形の名残のような気がしています。
戌の方位は西北西で、
当時の中国の中心エリアから見た犬戎エリアの方向とも
大雑把な括りとしては同じような方向です。
また、酉は、方位としては西を表しており、
酉と西はもともとは同じ字からできたものではないかとも思っています。
十二支は十干と組み合わせて、用いられもします。
十干は、
甲 丙 戊 庚 壬 乙 丁 己 辛 癸
の文字で表されていますが、
これまた、原始古い時代には、
十二支や十干は体系だって今のように整備されておらず、
方位などを表したりしていたと思われます。
もしかしたら、後には一緒になってしまった、かつての別の国が使っていた
方位などの表現だったのかもしれません。
「甲」が干支の猿をあらわす「申」と、
「戊」が干支の犬をあらわす「戌」と、
「壬」が干支の牛をあらわす「丑」と、
「己」が干支の蛇をあらわす「巳」と、
少なくともパッと見でこれだけ形が似ているのも、
もともとはこれらも未分化だったこと表しているような気がします。
ついでに、
中国の伝説上の人物であるフツギが作ったといわれる八卦における
八象を表す文字である
乾 兌 離 震 巽 坎 艮 坤
にも、
十干に使われる「乙」や「己」、
十二支に使われる「辰」や「申」の文字が入っています。
「巽(そん)」は「巽(たつみ)」、南東の方向もあらわし、
干支の「辰巳(たつみ)」も
「辰(東南東)」「巳(南南東)」で、南東をあらわします。
また「震(しん)」は東の方向をあらわし、
「辰」の東南東と方向的に大きい括りでは同じです。
漢字は象形文字から長い変遷を経て今の形になっていますので、
最初のものを出さずに、今のデフォルメされた漢字を使って
このようなことを書いていくのは相当乱暴、
そのうちどんどん自身で訂正していくことになるとは思いますが、
こんな風な方向性で今のところえとを捉えようとしています。
これもまた、新たなひらめきが出てきたらエントリーしていきます。
今年もよろしくお願いします。